善光寺門前町伝説と飛騨の旅人

こんにちは。
スタッフBitokeです。

私の生まれはタイの北部・・・

ではなくて、
岐阜県北部、飛騨地方にある下呂市です。
飛騨といえば飛騨高山の古い街並みや飛騨古川、下呂温泉、白川郷の合掌造り集落など、様々な観光地で有名です。
1166バックパッカーズのゲストのなかにも、翌日飛騨高山に行く、昨夜は飛騨高山に居た、という声をよく聞きます。

先月10月には日本三大美祭にも称される飛騨高山・秋祭りがあり、飛騨の匠による豪華絢爛な山車はその細部にわたる細工に多くの旅人が目を奪われました。
飛騨古川の飛騨の匠文化館には名工たちが残した技術や木組みなども展示され、その高い技術に惚れ惚れしてしまいます。
そう。木の国飛騨には昔から「飛騨の匠」と呼ばれる名工たちがその歴史を今に伝えています。
そして飛騨の匠の中でも特に有名な匠が「左 甚五郎」
そんな飛騨と長野をつなぐ、左甚五郎による史跡が1166バックパッカーズの近くにもあることを最近知りました。


1166バックパッカーズからわずか2分。
中央通沿い、長野信用金庫大門町支店のすぐ隣。
「熊野神社」

 
ふらり歩いていては通り過ぎてしまいます。



1166バックパッカーズにある本棚。
この一番上にある本の中の一冊に、
「門前町伝説案内」という本があります。

この中に、この熊野神社にまつわる左甚五郎の言い伝えが書かれていました。


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日光での仕事を終え、ちょうど熊野神社の建て替えに遭遇した左甚五郎。
善光寺様への奉納の代わりにと、自ら彫り物をさせてくれないかと志願しました。

左に槌を、右にノミを持ち彫り進む木の中からはみるみるうちに竜と女の姿が。

この左利きの旅人曰く。

「昔、とにかく悪さばかりする竜がおったそうな。
そしたら天女が降りてきて、竜はその天女に一目ぼれ。
ぜひとも妻になってくれと言った。
しかし天女は、そんな悪さばかりする竜などと夫婦にはなれん。と諭した。
それからこの竜は心を入れ替え、人を守るようになったそうだ。
この、天女が降りてきたのが、ちょうど善光寺様のご本尊が日本に渡ってこられた頃、
欽明天皇13年(年)のことやったそうな。」

「まだあるぞ。唐土(もろこし)で龍に乗ると言えば、『良い婿をとる』ということだ。
これは女が良縁に恵まれる、縁起のいい彫り物だ。」


こうしてわずか2、3日。
見事彫り上げた、竜と天女の姿は、まるで生きているかのような素晴らしさでした。

「世話になったな」と告げ、善光寺をお参りした後に再び旅へと出て行った左甚五郎。

その後門前には「日光東照宮の眠り猫」の噂が耳に入ってきました。
「やはりあの男が左甚五郎だったんだ。ただものではないと思っていたよ。」

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飛騨では木工を生業とし、技によって年貢を納めていた職人が多くいたそうです。
飛騨の職人は旅をしながら、全国各地へとその腕を振るっていたことでしょう。

門前に残っていた飛騨の伝説。
飛騨の生まれの自分にとって、長野とのつながりをつよく感じた門前の話でした。



実際に残されている竜と天女の彫り物。
ぜひ立ち止まって、じっくり見てみてください。







  

2012年11月13日 Posted by 1166 バックパッカーズ at 00:05Comments(0)観光 【徒歩】